ベラヌールの朝

 カーテンの隙間から差し込む朝日と、爽やかな小鳥のさえずりでローデリッヒは目を覚ました。ローデリッヒは寝起きでややぼんやりとした頭を掻きながら考える。何かがおかしい。
 いつもなら、朝日よりも早くあのせっかち野郎がけたたましく起こしに来るのだが。
 今まで一日も欠かすこと無くその習慣を守り続けてきた助参の姿が、今日は見えない。慣れない船旅の疲れが出て、久々の揺れない地面とふかふかのベッドが心地よく、寝過ごしたのだろうか。
 ローデリッヒは素早く身支度を整え部屋から出ると、助参が寝ているはずの隣の部屋の扉をノックした。
 返事がない。まだ眠っているのだろうか?ドアノブに手をかけると、鍵は開いている。ローデリッヒは何か違和感を覚え、身構えながらゆっくりと扉を押した。
 扉が途中で何かに引っかかって止まった。視線を落とすと、床の上に何かが横たわっている。その何かが、ローデリッヒのよく知る人間の声でうめき声を上げ、一瞬心臓が止まりそうになる。
 ローデリッヒは扉の隙間から身を押し込んで部屋に入ると、床の上にうつ伏せに倒れている助参の側に膝をついて、上半身を抱き起こした。
 体に触れた瞬間、その冷たさに驚く。普段はつんつんと跳ねている助参の赤毛の髪は汗で額にはりつき、寝間着も汗でぐっしょり濡れている。それだけ見れば高熱を出しているようにも思えるが、額や手足、首筋、どこに触れてみてもひんやりと冷たく、体温が異常に下がっている様子だった。顔は青ざめて血の気がなく、口元に血がこびりついている。ベッドからここまで這って来て、扉を開けようとしたところで力尽きたらしく、床の上に擦れた血の跡が残っていた。呼吸は苦しげで、肺からは壊れたふいごのような音がひゅうひゅうと漏れている。体はぐったりして、ぴくりとも動かない。
 ローデリッヒは動揺を抑えるため、深く二、三度息をすると、助参の頬を軽く叩きながら呼びかけた。
「助参、助参しっかりしろ!聞こえるか!」
 助参のまぶたがピクリと動き、ゆっくりと開いた。視線を泳がせ、虚ろな瞳でどうにかローデリッヒの姿を捉えると、助参は乾いた唇を開き、掠れた声でこう告げる。
「ロの字……どうやらハーゴンの野郎めが……あっしに呪いをかけていやがるらしい……」
「ハーゴンの……呪いだと!?」
 ローデリッヒが隠し切れない動揺を再び深呼吸で押さえ込んでいると、ブーツのヒールの音を響かせながら、リンダが部屋に入ってきた。朝からばっちりフルメイクが決まっている。
「おはよ!ねぇ、今朝は助参起こしに来なかったじゃない、どうしたの?……ちょっと、どうしたのよ!?」
 リンダは目の前に広がる光景に目を丸くして、すぐさま助参の側に跪くと、体に触れてその冷たさにあっと声を上げた。
「助参はハーゴンに呪いをかけられたと言っている。どう思うリンダ、私には魔法のことはよくわからない」
 リンダは何かを確かめるように助参の体のあちこちに触れた。その真剣な眼差しは魔法専門家の目だ。その目にやがて陰りが差し、絶望の色が浮かぶ。そしてリンダは重い口を開いた。
「確かにこれは呪いよ……それもかなり強力な……。教会でも解くことは出来ないと思うわ……」
 答えはもう分かっているような気がしながらも、ローデリッヒが尋ねる。
「どういう類の呪いなんだ」
 リンダは俯いて、助参の冷たい手をぎゅっと握りながら、震える声で答えた。
「遠隔から……人を取り殺す……そういう呪いよ」
 暫し誰もが無言になり、部屋には助参の苦しげな息遣いと、窓の外の世界で鳥がさえずる声だけが響く。沈黙を破ったのは助参の掠れた弱々しい声だった。
「あっしも……分かっていやす……あっしはもうだめだ。どうかあっしに構わず、二人は旅を続けなすって……うっ」
 助参は低く苦しげに呻くと、ごほっと血を吐いた。頬を伝い流れ落ちた血が床に真っ赤な染みを作る。対照的に顔からは更に血の気が引き、ますます青ざめていく。
 リンダは顔を覆って泣き出しそうになり、助参はゆっくりと瞼を閉じようとする。しかし、ローデリッヒはきっぱりと言った。
「合点が早過ぎるぞ、お前たち」
 ローデリッヒは助参の体を抱え上げると、大股で部屋を横切り、ベッドの上に降ろした。そして腰のベルトに留めた小さなバッグの中から、一枚の木の葉を取り出した。荒れ狂う海を渡る途中、神秘的な空気に囲まれた小島に聳え立つ大樹の下で拾ったその葉は、強い魔力を宿しており、樹から離れて長い時間が経ってもなおみずみずしく、不思議な輝きを放っている。リンダはそれを見てぱっと目を輝かせた。
「世界樹の葉!そうよ!それを使えば、もしかしたら……!」
 ローデリッヒは頷いて世界樹の葉をリンダに渡す。
「試してみる価値はあるだろう。煎じてくれ、リンダ」
「ええ、すぐに!待ってて!」
 リンダが葉を受け取り駆け出そうとすると、助参が声を絞り出して叫ぶ。
「だ、駄目だ!その葉は貴重なもの……!効かなければ無駄になってしまう!」
 リンダは目を吊り上げて怒鳴ろうとしたが、先に怒鳴ったのはローデリッヒだった。
「大馬鹿者!!」
 滅多に声を荒げないローデリッヒの大声に驚いて、思わずリンダまで一瞬固まる。ローデリッヒはそんなリンダを睨みながらいつもの静かな口調で言った。
「いいからお前は早く葉を煎じて来い」
「わ、わかったわ」
 リンダは大急ぎで駆け出した。ヒールの音が部屋から遠ざかっていく。
 ローデリッヒは側にあった椅子をベッドの横に引き寄せて座ると、助参に向き直って強い口調で言った。
「いいか、よく聴け助参。世界樹の葉はたしかに貴重だ。だが、また採りに行こうと思えば出来ない訳ではない。代わりの葉はあの樹にいくらでもある。」
 ローデリッヒは少し間を置いて、深く息を吸うとこう続けた。
「だが、お前の場合はどうだ?お前が死んだら、代わりに誰が戦うことになる?お前は妹を戦地に送り出したいのか?」
「里……!!」
 助参ははっとして目を見開き、思わず起き上がろうともがいた。しかし体は鉛のように重く、腕すらろくに動かない。
 助参の妹、里姫。兄顔負けの槍の使い手であり、サマルトリアへ立ち寄る度にハーゴン討伐の旅への同行をせがむ程、気の強い彼女のことだ。兄が倒れたとあれば、自ら武器を取り仇討ちに立ち上がるであろうことは目に見えている。
「駄目だ、駄目だ、それだけは……!」
 助参の目に涙がじわりと滲む。里姫は気は強いが兄想いで、本当は自然を愛する心の優しい子だ。世が泰平なら槍の稽古より花を活けることに精を出していたことだろう。華奢な体に似合わない武具を纒い、魔物の返り血を浴びて戦う彼女の姿など、想像もしたくなかった。
「私もあんな年端も行かない娘を連れて行きたくはない」
 ローデリッヒは、助参の額にはりついた冷たい汗で湿った髪を指で掻き上げてやりながら、真っ直ぐに助参の目を見て言った。
「だからお前は生きるんだ、助参」
 助参がゆっくりと瞬きすると、零れた涙が頬を伝い流れる。廊下に慌ただしいヒールの音が響いて、リンダが湯気のたつカップを手に、部屋に戻ってきた。
「世界樹の葉を煎じてきたわ。さあ飲んで、助参」
 ローデリッヒが再び助参の上半身を抱え起こし、リンダがスプーンにすくった薬を息で冷ましてから助参の口へ運ぶ。助参は少しむせて苦戦しながらも、なんとか薬を飲み込んだ。目を閉じて呼吸を整えている助参を、ローデリッヒとリンダは固唾を呑んで見守る。暫くすると、助参が目を開いて、先程よりしっかりした声で言った。
「……息ができる」
「ほんと?じゃあ、効いたのね?効いてるのね!」
 リンダは少し震える声で飛びつくように言った。もう一度スプーンで薬を掬い、助参の口に運ぶ。一口飲む毎に助参の顔色はみるみる良くなっていき、自分でカップを持って飲めるようになったときには、リンダはとうとう堪え切れずに嗚咽し始めた。
「もう、バカ!本当に心配した……良かった……良かった……もう、やだぁメイク崩れちゃうじゃないっ!!」
 そんなリンダの姿を見て、つられて助参もぼろぼろ涙をこぼしはじめる。
「面目ねぇ、面目ねぇ……心配かけやした……!」
 そして助参は残りの薬をぐいっと一気に飲み干そうとして、薬の熱さに盛大にむせた。
「馬鹿者。貴重な世界樹の葉を無駄にするな!」
 ローデリッヒが助参の頭に拳骨を入れながら言う。
「さっきと言ってることが違いやすぜロの字ィ!」
 涙目で頭をさする助参を見ながらリンダは今度は大笑いして、笑いすぎてまた涙が目に浮かぶ。
 すっかり顔色が良くなりリンダと笑い合っている助参の姿を見ながら、ローデリッヒはふ~っと深い溜息を吐いた。
「あら、溜息なんて珍しい。流石のあんたでも気が張り詰めてたのね。ロディも人の子ね~」
 リンダがからかうように言う。
「いつまでも馬鹿なことを言ってないで、二人とも早く出かける支度をしろ。飛んだ茶番に時間を取られたな、全く……」
 ローデリッヒはいつものしかめっ面で椅子から立ち上がる。
「ちょっと、助参は病み上がりなのよ!少し休ませてあげたって良いじゃない!」
 リンダが抗議したが、助参は勢い良くベッドから起き上がって言った。
「いいや、あっしはもう大丈夫だ!行きやしょう!善は急げだ、なぁロの字!」
「忘れ物はするなよ、助の字」
 ローデリッヒはふっと小さく笑って言った。
「お、おう!!」
 助参の顔が嬉しそうに輝く。
「あ!ロディがデレた!助の字って呼んだ~!!」
 からかうリンダを無視して、ローデリッヒはさっさと部屋の出口へ向かった。
「リンダ殿も早く部屋から出ておくんなせぇ!あっしが着替えられねぇ!」
 助参の声にリンダが振り向くと、助参はもう寝巻きの浴衣を脱ぎ捨てて、手ぬぐいを片手に褌一丁の姿で体の汗を拭いている。
「もう脱いでるじゃないのよバカ!すけべさん!!」
「すけべさんって言うなぁ!!」
 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人を眺めながら、ローデリッヒは眉間にしわを寄せて、呆れながらも何処か楽しんでいるように呟いた。
「全く……本当に騒々しい連中だ」

さて、お待ちかねチーム・ロディのベラヌールイベントです!
予め世界樹の葉を入手してからの現地入り、ロディ選手さすが抜かりがありませんねぇ。
サマルトリアからはふんどし、浴衣、手ぬぐい、活け花という和風要素をぶち込んで参りました。
リンダ選手のフルメイクもなかなかのものです。マスカラはウォータープルーフでしょうか?
しかし今回の見所は何と言ってもロディ選手のデレでしょうね~。助参選手もご満悦の表情です!
これは良い点数が期待できそうです。今季の自己ベスト更新なるか?
さあジャッジの判定を待ちましょう!!