100万回生きたサマル

※このお話は、有名な絵本「100万回生きたねこ」のパロディ要素を含みます。

 サマルトリアの王子は、弱くて、すぐ死にます。
 今日も、ローレシアの王子があっと思って振り返ったら、いつものように棺桶が転がっていました。
 ローレシアの王子とムーンブルクの王女は、うんうんとサマルトリアの王子の棺桶を引きずって、町の教会まで行きます。
 棺桶から出てくると、サマルトリアの王子はいつも決まってこんなことを言います。
「へいき、へいき、死ぬのなんて慣れっこさ。ぼくはもう100万回も死んだんだぜ。」
 ローレシアの王子とムーンブルクの王女は目を見合わせると、呆れて肩をすくめます。
 100万回というのは流石に大げさですが、本当にサマルトリアの王子はよく死にました。

 あるとき、サマルトリアの王子は、よろいムカデの大きなあごに挟まれて、真っ二つになって死んでしまいました。
 ローレシアの王子は、初めて目の前でサマルトリアの王子が死んでしまうところを見て、悲しくて、恐ろしくて、わんわん声を上げて泣きました。そして棺桶を教会まで引きずって行って、神父様にサマルトリアの王子を生き返らせてくれるように、必死でお願いをしました。
 生き返ったサマルトリアの王子は、けろっとした顔でこう言いました。
「いやー、死んでしまいましたよ。」
 へらへら笑っているサマルトリアの王子を見て、ローレシアの王子は泣いたことが馬鹿らしくなるくらい、呆れてしまいました。

 あるとき、サマルトリアの王子は、マンイーターの長い蔓に首をぎゅうぎゅう締められて、顔を真っ青にして死んでしまいました。
 ムーンブルクの王女は、必死にバギの呪文で蔓を断ち切ろうとしたけれど間に合わなくて、ぽろぽろ目から雫をこぼして泣きました。
 教会で生き返ったサマルトリアの王子は、へらへら笑ってこう言いました。
「そんなに泣くようなことじゃないですよ。ぼくはもう何度も死んでますから。」
 ムーンブルクの王女はなんだか教会への寄付がもったいなかったと思いました。

 そんな調子で旅を続けていくうちに、ローレシアの王子とムーンブルクの王女は、どんどんレベルが上がって逞しくなって行きました。けれども、しょっちゅう棺桶に入ってばかりいるサマルトリアの王子は、二人とくらべて成長が遅れがちでした。
 三人とも、育ち盛りの年ごろです。ローレシアの王子はだんだん背が高く伸びてきました。ムーンブルクの王女は美しい女の人になっていきます。でも、なんだかサマルトリアの王子は、旅立った日から、あまり変化が無いようでした。

 今日もまた、サマルトリアの王子は教会で目覚めます。
「やあ、おはよう。100万回死んだぼくの登場だよ!」
 おどけてローレシアの王子とムーンブルクの王女の顔を見ます。二人とも、もうそんなサマルトリアの王子の様子に慣れっこで、さっさと行くぞ、とサマルトリアの王子を促します。
 前を歩いて行く二人の背中を慌てて追いかけながら、あれっ、とサマルトリアの王子は何かに気づきました。なんだかさっきと……棺桶に入る前と、二人の雰囲気が違う気がするのです。
「ねえ、王女、髪型変えた?」
 サマルトリアの王子が尋ねると、ムーンブルクの王女は髪をいじりながらしれっと答えます。
「ええ、そうね、3日前に切ったわ。」
 サマルトリアの王子は、ぱたりと歩みを止めました。二人は気づかずにどんどん歩いていきます。二人は歩きながら、何か楽しそうにおしゃべりしています。
「歌姫のアンナさんのこと、良かったわね。出発する前にもう一度会いに行って歌を聞かせてもらいましょうよ。」
 歌姫のアンナさんって、誰だろう。
 サマルトリアの王子は、呆然と二人の楽しげな様子を離れた場所から眺めました。サマルトリアの王子が知らない話題で、二人とも盛り上がっています。手と手がふれあいそうな距離で、目と目を見合わせて笑い合っています。
 ぼんやり立ちすくむサマルトリアの王子に向かって、ローレシアの王子がいらいらしたように声をかけます。
「なにしているんだい。この先で君の呪文が必要なんだ、ちゃんとついて来いよ。」
 サマルトリアの王子は、いつものように取ってつけたような笑顔で答えました。
「ああ、どんな場所でも怖いもの知らずの、このぼくにおまかせあれ!なんていったって、ぼくは100万回も死んだんだからね!」
 ローレシアの王子とムーンブルクの王女は、ため息を吐いて、やれやれと顔を見合わせました。

 そして、三人は旅を続け……ついに、あの大神官ハーゴンを打ち倒しました。ついに世界に平和を取り戻したのです。
 手と手を取り合って喜ぶローレシアの王子とムーンブルクの王女を横目に、サマルトリアの王子は力の盾の上げ下げで疲れた腕を降ろして、ふーっと溜息をつきました。そして、床に腰を降ろそうとして異変に気づきます。
 ぴき、ぴき、ぴき……
 床に亀裂が入っていきます。小刻みに、建物が揺れています。
 あっと思って、先程までハーゴンが祈りを捧げていた祭壇のほうを見る間もなく、突然爆風が巻き起こり、三人を吹き飛ばしました。
 三人が震えながら目を上げると、巨大な何かが……沢山の腕と、蛇の頭を持った尾と、竜のような角と翼を持った、醜くおぞましい生き物が、三人を見下ろしていました。
 破壊神シドーの猛攻に、三人は為す術がありません。灼熱の炎に身を焼かれ、無数の腕から繰り出される無情な攻撃になぶられ、三人は満身創痍になりました。
 ムーンブルクの王女の魔力は尽きてしまいました。もう一発のイオナズンはおろか、バギも撃つことが出来ません。祈りの指輪もみんな崩れ、魔力を持った杖も折れてしまいました。
 ローレシアの王子は、血で霞む目を凝らしながら、折れた剣を気力だけで必死に振るって戦っています。だけどもう、膝をつくのも時間の問題です。
 サマルトリアの王子は、頼りないひょろひょろの鉄の槍を握りしめて、たった一人でシドーに向かって歩いていきます。それを見たローレシアの王子が大声で叫びました。
「お前に一体何が出来る?無駄死にするだけだ!」
 サマルトリアの王子は、いつものようにおどけた笑顔で言いました。
「無駄死にだって?馬鹿を言うなよ。ぼくは伊達に死んでないさ。なんていったって、100万回も死んだんだぜ。」
 そして、サマルトリアの王子は呪文を唱え始めました。とっておきの呪文です。なんといっても、一生に一度しか使うことの出来ない究極の呪文です。みんなが口をそろえて、魔法の腕前では世界一だと言うムーンブルクの王女でさえ、この呪文はきっと使えないでしょう。なぜって、この呪文を唱えるのには、とっても勇気がいるのです。唱えた者は、死んでしまうのですから。
 サマルトリアの王子は、死ぬことなんてへいきでした。だって、今までに100万回も死んだのですから。
 魔法の光に包まれていくサマルトリアの王子へ向かって、ローレシアの王子とムーンブルクの王女が何かを叫んでいます。サマルトリアの王子は知らん顔で呪文を唱え続けます。サマルトリアの王子は、二人のことなんか大嫌いでした。
 ローレシアの王子は、力ばかりが強くていいかげんです。いつも自分で考えることをしないで、人任せにするくせに、リーダー気取りで偉そうな口ばかりきくのです。
 ムーンブルクの王女は、自分から旅についてくると言ったくせに、かよわいお姫様の自分を、二人の王子様が守るのは当然だとばかりに、いつも二人の後ろに隠れてばかりいます。
 硬い殻に包まれたよろいムカデに、向こう見ずに斬りかかり、剣を弾き返されて怯んだローレシアの王子を、庇って死んだ時も、サマルトリアの王子は泣きませんでした。
 よそ見しているムーンブルクの王女へ、襲いかかろうとしたマンイーターの蔓に、代わりに巻き取られて死んだ時も、サマルトリアの王子は泣きませんでした。
 何日も棺桶に入れられたまま放っておかれた時も、自分がいない間に仲良しになって、楽しそうにおしゃべりしている二人を、邪魔しないように遠くでそっと見守っていた時も、サマルトリアの王子は笑っていました。
 だけれど今、はじめて王子の頬を、一筋の涙がすーっと流れて行きました。
 サマルトリアの王子は、本当は二人のことが大好きでした。
 魔法は使えないし、頭もそんなに良くないけれど、剣一本で勇ましく前線に立つローレシアの王子が、大好きでした。
 細い腕で一生懸命に杖を振りかざして、力強い声で呪文を唱えるムーンブルクの王女が、大好きでした。
 サマルトリアの王子は、弱くて、すぐ死ぬ自分が大嫌いでした。二人を庇って死ぬことくらいでしか、二人の役に立てない自分が大嫌いでした。最後の最後も結局、二人を庇って死ぬのです。
 だけどこれだけは、誇りを持って言えます。サマルトリアの王子は、にやりと不敵に笑って、呪文を唱えきりました。
「ぼくは100万回、二人のために生きたんだぜ……メガンテ」
 あたりは一面、まばゆい光に包まれました。破壊神の断末魔がこだまし、やがてぶつりと途絶えました。粉々に飛び散った光の粒が、幻のように突然ふっと消え去り、あたりには瓦礫の山と、あの細くて頼りない鉄の槍だけが残っていました。
 サマルトリアの王子の姿は、どこにもありません。いつもの見慣れたあの棺桶も、さがしても、どこにもありませんでした。
 ローレシアの王子は、わんわん声を上げて泣きました。
 ムーンブルクの王女は、真珠のような涙を、ぽろぽろこぼして泣きました。
 もう、サマルトリアの王子のあの気の抜けるようなへらへら笑いも見られないし、100万回……というおなじみの台詞も、二度と聞くことはできないのです。
 ローレシアの王子は、泣き続けました。いつか世界が平和になったら、三人でのんびりと故郷まで旅をするのが夢でした。
 目的を果たす為に、サマルトリアの王子に辛く当たることもありました。ひ弱な彼を何度も傷つかせたくなくて、ちょっとひどいと思いながらも、わざと棺桶に入れたまま旅を続けたこともありました。だけど本当は、少しでも長く、一度でも多く、彼と一緒に生きればよかったのかもしれません。どんなに後悔しても、泣いても、サマルトリアの王子は帰ってきませんでした。
 ムーンブルクの王女は、泣き続けました。王女はサマルトリアの王子のことを弟のように可愛く思っていました。
 ひ弱で頼りないサマルトリアの王子に、わざとそっけない態度で接したこともありました。彼の心を奮い立たせて、強くなってもらいたかったのです。だけど本当は、その優しさと、どんな時でも笑っていられるお気楽さこそが、彼の強さだったのです。いままで自分がどんなにその笑顔に救われていたのか、今更気付いても、もう遅すぎました。
 建物が、ばきりと嫌な音を立てました。柱が折れ、天井が落ち、床が崩れていきます。足場がぐらりと揺らいで、二人は真っ逆さまに落ちていきました。もう、魔法を使う力も残っていません。キメラのつばさも、とうの昔に吹き飛ばされて、なくなってしまっています。
 二人は奈落の底へと落ちていきながら、涙できらめく目を見交わして、にっこり笑いました。
 二人は死ぬことなんかへいきでした。だって、サマルトリアの王子の旅立った場所へ、これから一緒に向かうだけなのですから。
 そのときです。宙を舞う無数の瓦礫の中から、何かが煌めきながら飛び出しました。その何かから温かい光が広がって、優しく二人を包み込みました。二人の体がふわっと浮き上がり、瓦礫の中からすーっと離れて飛んでいきます。そしてゆっくりと、二人はロンダルキアの真っ白な雪の上に降り立ちました。
(さあ、おゆきなさい。)
 澄んだ美しい声がそよ風のように二人の耳に響きました。そして、それに続いてあの気の抜けるようなとぼけた声が響きます。
「えっ、行くって何処へ?ここが天国なのかなあ。やけに寒いけど。まるでロンダルキアみたいだ。」
 ローレシアの王子がくるっと振り向くと、つんつんとほうぼうへ好き勝手にはねた赤毛の髪が目に入りました。呆れて大声でその後姿に向かって怒鳴ります。
「ばあか。みたいじゃなくて、ロンダルキアだよ!」
 びっくりして振り返ったサマルトリアの王子の視界を遮るように、紫色の巻き毛がふわりと踊ります。ムーンブルクの王女は、サマルトリアの王子の首に抱きついて頬にキスをしました。真っ赤になってあわあわしている王子を、王女はさらにぎゅーっと抱きしめます。ローレシアの王子は呆れて言いました。
「あんまり締め過ぎると、死んじゃうぞ!」
 ムーンブルクの王女が慌ててサマルトリアの王子から離れると、王子の顔はちょっと青ざめていました。けほんと咳をして、サマルトリアの王子は言いました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。なんていったってぼくは……」
「100万回、生きたんだものね。」
 ローレシアの王子とムーンブルクの王女が、後を引き継いで言います。三人は顔を見合わせると、ぷーっと吹き出して笑いました。
 三人は手を繋いで、ロンダルキア台地を後にしました。もちろん、サマルトリアの王子が唱える、ルーラの呪文で。

 三人が去ったあとの静まりかえった雪原に、雪の中に半分うずまった黄金色の小さな玉がひとつ、平和を取り戻した世界の青い空を映して、きらきらと輝いていました。

おしまい。

メガンテエンドに繋がってしまいそうな不安定な絆の危うい三人を、ハッピーエンドに導きたくて書いたようなお話でした。
2016/11/11:ラストに余計なものが多かったのでごっそり削って修正しました。