ヘアカット120G

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 パウロがふらつきながら立ち上がると、サマンサの手を掴もうと伸ばしたはずのその手に握られていたのは、血で汚れた一房の彼女の美しい髪だった。
 あと少しで手の届く距離に横たわっているのは、小さな棺。洞窟の地面には執拗に何度も斬りつけたような深い溝が無数に刻まれて、散らばった髪がきらめいていた。
 剣と剣がぶつかり合う激しい音がこだましている。暴れ狂うキラーマシンの猛攻にたった一人で敢然と立ち向かいながら、ミッヒがパウロに向かって何か叫んでいるが、パウロの耳には届いていない。
「……よくも」
 呟いたパウロの体からは激しいオーラが立ち昇り、魔力を感じ取る力の弱いミッヒの目にもそのオーラが見える程だった。その姿にぎょっとしたミッヒの剣が思わず一瞬止まる。その僅かな隙をキラーマシンが見逃してくれるはずもなく、ミッヒは強烈な一撃で思い切り吹っ飛ばされた。
 パウロが道具袋に手を伸ばすと、彼が普段は滅多に使うことのない一振りの細身の剣が現れ、彼の手に収まった。傷の痛みを堪えながら立ち上がろうとしているミッヒの横を、目にも留まらぬ早さで緑の風が吹き抜けていく。放たれたキラーマシンの矢よりも早く、パウロは地面を蹴った。煌めく剣の軌跡が空中に図形を描いたかと思うと、ゴトリ、ゴトリと二度鈍い音がして、関節部からすっぱりと切り落とされたキラーマシンの両腕が地面に落ちた。いつものパウロならそこで退いてあとの攻撃をミッヒに任せるところだが、パウロは攻撃手段を失ったキラーマシンの胴体のど真ん中に、渾身の力で鋭く隼の剣を突き立て、そのまま剣先へと魔力を送り込み呪文を唱えた。
「雷よ、全て灼き尽くせ!ベギラマ!」
 キラーマシンの内側から激しい閃光が溢れだし、一気に燃え上がった。一瞬パウロも炎に巻き込まれたかのように見えたが、彼の体に纏ったオーラが炎を退けている。燃え盛る火の中でキラーマシンはギシギシと軋むような音を立て、まだしぶとく蠢いていた。段々足元がふらつきオーラが薄れ始めたパウロに代わって、ミッヒが止めの一撃を振るうと、キラーマシンは光の粒となって消え、金色の硬貨が何枚か地面に落ちた。
 パウロのオーラが揺らいで消え、剣を取り落とした。ふらふらと後ろによろめいて倒れそうになったパウロに、慌ててミッヒが駆け寄り、体を支える。
「パウロ!しっかりしろ!」
 ミッヒが薬草をパウロの口に押しこむと、パウロは少しむせながらも何とか薬草を噛んで飲み下した。いくらか体力が回復して、パウロがはっと我に返ると、その手にまだ握られているサマンサの髪に気がついた。
「あっ!」
 パウロは心配そうなミッヒを振り払うようにして駆け出し、サマンサの棺の前に跪くと、すぐに呪文を唱え始める。
「御霊を再び呼び戻し給え!ザオリク!」
 棺はまばゆい光に包まれて消え、光の中からサマンサが現れた。
「ああ、ごめんなさい、ありがとうパウロ……キラーマシンは倒したのね?ああっ、二人ともぼろぼろだわ!」
 サマンサはすぐに状況を飲み込んで、跪いているパウロに向かって急いで回復呪文を唱え始めた。
「大地の精霊よ、その癒やしの力を我に……」
「おっそろしく強かったな……ごめん、守りきれなくて」
 ミッヒも二人のそばに来て座り、顔をしかめながら傷口を押さえている。そのかなり深い傷を見てパウロが言った。
「サマンサ、僕よりミッヒを先に」
「何言ってんだパウロ、自分の体見てみろ!」
 ミッヒが少し青ざめた顔で怒鳴った。パウロがぼんやり視線を下に落とすと、サマンサの呪文の淡い光に照らされたパウロの貫頭衣は、前部分の下半分が切れて無くなり、その下の衣服とブーツは真っ赤に染まり、地面にはどす黒い染みが広がっている。
「ベホマ!」
 サマンサが詠唱し終わった途端、パウロはたちまち体がすっと軽くなり思考がはっきりするのを感じて、確かに先程まで自分の体が重傷を負っていたのだということをやっと自覚した。
「痛くなかったのか?パウロ」
 サマンサの回復呪文を受けながら、ミッヒが尋ねる。
「う、うん……ぼく、夢中で……」
 そう言ってパウロはサマンサを見る。あちこちが不揃いに少し短くなってしまった髪と、着ている衣服の肩や首の部分が切れて血で汚れているのが目に入り、胸が傷んだ。
「……わかるよ、気持ちは」
 ミッヒがパウロの手にまだ握られているサマンサの髪を見て、悔しそうに呟く。
「サマンサの髪と、あんな小銭じゃ、割に合わない」
 キラーマシンが落としていった金貨は、まだ地面に転がっていた。ミッヒもパウロもそれを拾う気になれず、しゅんと肩を落としてうなだれている。そんな二人の様子を見てサマンサが言う。
「あら、だめよお金はちゃんと拾わなくちゃ。」
 そしてパウロが後生大事に握りしめていた髪の束をさっと取り上げると、ぽいっと投げ捨ててしまった。宙をきらめきながら散らばっていく髪を見て、ミッヒとパウロは思わず揃って、あ~っと残念そうに声を上げる。サマンサはそれを見て可笑しそうにくすくす笑った。
「ねぇ、こんな髪のことなんか気にしないで。伸びすぎたから少し切ろうと思ってたくらいなのよ。」
 そしてサマンサは金貨をヒョイヒョイッと軽やかに拾い集めながら、ふと思いついたように言った。
「そうだ!ねぇ、二人ともこのお金がいらないって言うなら、私が使ってもいいかしら?」
 ミッヒとパウロはきょとんとして顔を見合わせたあと、二人同時にサマンサに向き直って綺麗に声を揃えて言った。
「べつにいいけど……」
 サマンサがまた可笑しそうに笑う。
「うふふっ、双子みたいよあなたたち!ありがとう、ミッヒ、パウロ」
「けど、一体何に使うんだ?サマンサ」
 ミッヒが尋ねると、サマンサは得意そうに少し間を置いて言った。
「美容院へ行って、髪を綺麗にしてもらうわ。それでとんとんでしょ?」
 その答えにはミッヒもパウロも思わずぷっと吹き出した。
「あはは、流石サマンサ!発想がぼくらとひと味違うや」
「参った、参った」
 そうして三人は、ぼろぼろの姿で目を見交わして暫く笑いあった。やがてミッヒがすっくと腰を上げて、伸びをしながら言う。
「さて、こんなボロボロになっちゃったし、サマンサは美容院に行きたいって言うし、一旦洞窟から出るかぁ」
「流石にロンダルキアへ続いてる洞窟というだけあって、一筋縄ではいかないね……」
「そうね、一旦出直しましょ!じゃあリレミト……」
 呪文の詠唱の体勢に入りかけたサマンサを、パウロが制止する。
「ぼくが唱えるよ!このくらいは役に立たないと……ね」
「じゃあお願いね」
 サマンサは無邪気にウインクしてパウロに呪文の詠唱を譲る。魔法の腕前ではサマンサに一歩及ばないパウロも、この手の移動呪文は得意だ。三人の手がぎゅっと固く繋ぎ合わさっているのを確認すると、パウロは軽く咳払いをして唱えた。
「大地の精霊よ、我らの足を再び大地の上へ、リレミト!」
 呪文の光と共に三人が消えたあとの地面には、金貨よりも高貴な光を放つ髪の小さな束が、いつまでもきらめいていた。


いつもの流血ラクガキが描きたくなって描いたら付随する話が浮かんだのでした。
ふざけたタイトルはキラーマシンを倒すと貰えるお金の額に因んでます。
短いのに三船の中二病っぷりとパウロ贔屓っぷりがよく分かる駄文となりました……。
敵に女の子の髪を切られて男の子がブチ切れる展開、好きです。

ところでこの子、鎧はどうしたの?(身も蓋もない無慈悲なツッコミ)