リリザの宿で-Side Roy

 僕が一週間探し続けた男は、リリザの町の宿屋の談話室で、煙草をふかしながら椅子の上で足を組んでいた。そのあまりの体たらくに僕は一瞬我が目を疑ったが、八年前ローレシアで、僕の10歳の誕生日を祝う祭に訪れていた彼の、印象的なダークブロンドの髪や、美しい翡翠色の瞳は、見紛い様のないものだった。
「もしや君は、ローレシアのロイ王子では?いやー、さがしましたよ。」
 彼、サマルトリアのアーサー王子は、僕の姿を認めるなりそう言い放った。この一週間彼を探し続けた苦労を思って、僕は頭がクラクラした。
「なっ……!探したのはこっちだ!何故じっとしてないんだ?あっちへこっちへフラフラと……。どこかで待っていてくれたらよかったのに。」
 一週間前、同盟国であるムーンブルクが邪神官ハーゴンの軍勢によって陥落したという知らせを受けた僕は、すぐさま僕と同じロトの末裔であるアーサー王子と合流するため、もう一つの同盟国、サマルトリアへと向かった。しかし、僕がサマルトリアに辿り着き城を尋ねると、アーサー王子は既に旅立った後だというではないか。仕方なく、僕は彼を追って勇者の泉へと向かった。しかし勇者の泉へ辿り着くと、またしてもアーサー王子は既に次の地へと旅立っていた。その後も行く先々で、彼は僕を巻こうとでもしているかのように、僕を待たずして別の場所へ発ってしまっていた。
 ふと見ると、アーサー王子が肩を震わせ俯いている。思わず怒鳴ってしまった事を後悔する。彼も僕を探していたと言うじゃないか。きっと焦りもあったろう。八年前に会ったときの彼は、華奢でどこか儚げな雰囲気を纏っていた。世間の評判によれば、彼は魔法も剣も扱えるが力はあまり強くないという。その上、彼は昔から聴力に問題があった。だからこそ僕は彼のことが心配で、一刻も早く合流したかったのだ。彼がここまで一人で辿り着くのは、さぞかし大変なことであったろう。
 慰めなければと思い、声をかけようとすると、彼はゆっくりと顔を上げた。
「くくく……」
 なんと、アーサー王子は笑っているではないか。
「な、何がおかしいんだ。」
「あはは!」
 アーサー王子は、可笑しくて仕方ないという風に、文字通り腹を抱えて笑っている。
「だから、何を笑って……」
「まあまあ。ここじゃ目立つし、部屋で話そうじゃないか。」
 そう言うと、彼は椅子から立ち上がった。僕は何が何やらわけがわからないまま、とりあえず彼の宿泊する部屋まで付いて行くことにした。

「ふう……」
 部屋に入り扉の鍵を閉めると、アーサー王子はゆっくりとため息を付くように煙草の煙を吐き出した。
「……君、タバコなんて吸うんだな」
 そんなことを言うつもりはなかったのだが、昔の彼からあまりにもかけ離れたその姿に、僕は思わず言葉をこぼした。そんな僕の動揺を知ってか知らずか、アーサー王子はマイペースにゆっくりと煙草をふかしている。一体何を考えているのやら、伏し目がちに空を睨む彼の表情は読めない。そして彼はおもむろに口を開いた。
「…で?」
 なんて無礼な態度だろう。自分から部屋へ招いておいて、この口ぶりは。
「でって…なんだよ。」
 おもわず小声で呟いてしまう。彼に聞こえないくらいの小声で。
「話したいことがあるなら、そちらからどうぞって言ってるんだよ。」
 えっ?聞こえたんだろうか。
「いや、あの、ちゃんと……どういうわけか話してくれないか?何故僕を待たずに旅立ってしまったのか。」
 動揺しながらも、下手に出て尋ねる。
「あー?怒ってる?」
 もう、限界だった。思わず僕は声を荒らげて言った。
「さっきから何なんだ、その態度は!どういう状況かわかってるのか?ムーンブルクが陥落したんだぞ!何が、『いやーさがしましたよ』だ!悠長にも程があるぞ!」
「あっはは、怒ってる怒ってる!」
 また彼はさも可笑しそうに笑い出す。僕はもう怒りを抑えることをせず、怒鳴った。
「何がおかしい!!」
 そんな僕に、すっと笑いを引っ込めて、アーサー王子は吐き捨てるようにこう言い放った。
「君が一番怒りそうな台詞を考えながら待ってたんだ、これにして正解だったよ。」
「なッ……!?」
 その答えのあまりの異常さに、僕は怒りも忘れ、思考停止してしまう。アーサー王子は畳み掛けるように言葉を続ける。
「どういう状況かって?わかってるさ、世界滅亡の危機だって言うんだろ。だからロトの末裔で力を合わせて世界を救いましょうっていう。」
 彼の目にもう笑いは無い。その美しい翡翠色の瞳に、凍てつくような眼差しを湛えて、まっすぐに僕を見つめている。僕は狼狽えながらも、なんとか言葉を探し出す。
「わ、わかってるなら……君も、来るんだよな?ハーゴン討伐の旅に。」
「はぁ?なんで?」
 アーサー王子のぶっきらぼうな返答に、僕はあっけにとられながらも食い下がる。
「な、なんでって……君もロトの末裔じゃないか!」
 すると面倒くさそうに、でも僕をまっすぐ見つめたまま、アーサー王子が言う。
「だったら何だよ?僕は世界なんて心底どうでもいい。」
 一体、彼は何を言っているのか。僕は目の前で起こっている事が信じられず、完全に混乱していた。本当に彼はあのサマルトリアの王子なのか?八年前のあの日僕が出会った、花のように儚げで、何かに怯えるように目を伏せていた、あのアーサー王子なのか?
 僕は頭を振って、また小声で言葉を零す。
「何を言って……君は……君は……本当に……サマルトリアの……?」
「アーサーだよ。酷いなぁ、子供の頃に会ったじゃないか……忘れたの?」
「え!?」
 やっぱり彼には……
「聞こえてるよ、ちゃんと。」
 アーサー王子が、不気味にふっと微笑み、ゆっくりと歩み寄ってくる。僕は思わず壁際に後ずさった。
「なんで……君、難聴じゃ……?」
 アーサー王子の目から再び笑いが消え、ふーっと長いため息と共に煙草の煙が宙を漂う。
「聞こえなければ何を言っても良いと思ってるんだね、君も。」
 アーサー王子は歩みを止めない。後ずさる僕の背中に壁があたり、僕は逃げ場を失った。
「そんなつもりじゃ……でも、本当に難聴じゃなかったのか?」
「ふっ、なんか、いつの間にかそういうことになってたんだよね。ほら、聞こえないふりって便利だろ?」
 そう言って彼は、不敵にニヤッと笑い、なおも僕に詰め寄る。僕より少し背の低い彼が、まるでそびえ立つように大きく見える。あまりに現実離れした目の前の現実に、僕は思わず目を背けて呟いた。
「嘘だ……昔のアーサーは、こんなんじゃ……」
 がしっ。突然僕の両頬に傷みが走る。アーサー王子が右手で僕の顔を鷲掴みにして、ぐいっと僕の顔を無理矢理正面に向ける。彼の目に今度は、ぞっとするような怒りの炎が宿っていた。
「ちゃんと見ろよ、僕を。昔の僕はどんなだった?あ?言ってみろよ。」
 彼は声を荒げるでもなく、煙草を咥えまま突き刺すように一言一言、僕に言葉を投げかける。僕が竦んで答えられずにいると、僕の顔を鷲掴みにしたまま、半分ほどの長さになった煙草を左手でそっと口から外し、僕の顔に近づけ……彼は火の着いた煙草の端を、そのまま僕の頬に押し当てた。
「うああああっあづ……っう、うぅぅ!!」
 呻く僕の耳元に彼はそっと口を近づけて、囁く。
「ホイミ」
 ふわりと、耳に息がかかる。彼の華奢な体にやや不釣り合いな、低くて深みのある声が、僕の脳を貫く。暖かくくすぐるような感覚が、火傷を包んで癒していく。
「……ん……っ!」
 生まれて初めての回復呪文の感覚に、戸惑いながら恐る恐る目を上げると、アーサー王子の目から怒りの炎は消えていた。今度は呆れたような表情で、彼は言う。
「君は昔から変わらないな。相変わらず魔法も使えないんだって?確かにこれじゃあ、一人でハーゴン討伐なんて無理だろうね」
 そうなのだ。僕は勇者ロトの血を引いていながら、魔法の才能を一切引き継がなかった。魔法を習得しようにも、そもそも僕は魔力というものを持ち合わせていない様なのだ。だからこそ、このハーゴン討伐の旅には、魔法を使うことの出来る彼の力が必要だった。
 まだ火傷のショックと回復呪文の独特の感覚が抜け切らなかったが、僕は必死で言葉を絞り出した。
「うっ……そうだ、僕一人の力では……だから……君も一緒に……」
 勝ち誇ったような邪悪な笑みが、アーサー王子の顔に広がっていく。
「へ~、食い下がるねぇ。まあそうだろうね。必死だよね?君は世界なんてどうでもいいって訳にはいかないもんな。」
 ここで諦める訳にはいかない。僕も必死でなんとか言い返す。
「き、君だってそうじゃないのか!?このままじゃ世界はハーゴンの手に落ちる。何処にも逃げ場はないんだ。すごすご国へ帰るわけにもいかないだろう!?」
 僕が「国」という言葉を口にした途端、アーサー王子の目にふっと雲が差した。
「はっ!国だって?笑わせてくれるな……あんな国……滅びてしまえばいいんだよ。ハーゴンは何故こっちを狙ってくれなかったかなぁ……」
 そんな答えが返って来るなんて。途方に暮れた僕の目に、思わず涙が滲んでくる。
「うぅっ……君が何を言ってるのか、さっぱりわからない……」
「ふん。単純なことだ。」
 俯いた僕の顎に手をやり、くいっと上を向かせながら、余裕の表情で彼が言う。
「取引きをしようじゃないか。」
「取引き……?」
「君が僕の望むものをくれるなら、旅に同行してやってもいい。」
 突然目の前に差した一点の灯りに、僕は思わず縋り付く。
「君の望むものって……?」
「ロイ」
「……何?」
 突然名前を呼ばれて思わずきょとんとする僕を、抉るような強い眼差しで見つめながら、彼は続ける。
「だから、ロイ。僕の望みは、君。」
「はぁっ!?ど、どういうこと……」
「こういうことだよ。」
 間髪入れずに、戸惑う僕の唇は、彼の唇で塞がれていた。
「んんっ……!う、アーサー、やめっ……!」
 僕は思わず思い切り彼を突き飛ばしていた。アーサー王子は少しよろけながら数歩後退り、痛かったのか、突かれた胸を押さえた。自分の馬鹿力を自覚している僕はしまったと思ったが、それでも彼は怯むこと無く、再び僕に詰め寄る。
「何?嫌なの?」
「い、嫌だよ!そんな……だって……」
 僕は思わず言葉を詰まらせる。
「ふーん、じゃ、一人で行けば?」
 冷たく言い放つ、アーサー王子。
「め、滅茶苦茶だよ、こんなの!!どうかしてる……!」
 あまりの理不尽さに、僕の目から涙がぼろぼろと零れ落ちてくる。
「喚いたってどうにもならないよ。どうするんだい?早く決めてよ。」
「うぅ…っ」
 逃げることは、出来ない。それはさっき自分で言ったことだ。すごすご国へ帰るわけにもいかない。だからと言って、たった一人で、魔法も使えない僕にハーゴンを倒すことが出来るだろうか?
 剣技には自信があった。しかし、ここまでの旅路で、僕は自分の頼り無さを痛いほど実感していたのだ。ずっと、ギリギリの戦いだった。危ない場面が何度もあった。魔法さえ使えたなら……そう思った場面も、何度も。
 そんな僕の思いを見抜いているのか、彼は最後通告のように僕に言葉を突きつける。
「世界を救うんだろ、勇者様?自分の体一つ賭けられない奴に何が出来るんだい?こっちも命を賭けるからには、覚悟の無い奴と旅は出来ないよ。」
 もっともらしい彼の言葉が、僕の胸に突き刺さる。再び項垂れそうになる僕の顔を、彼はまた手でゆっくりと上に向け、ぞくっとするほど穏やかに微笑んで、言った。
「見せてよ……君の覚悟。」

リリザでの最悪の出会い、ロイ目線。その後の展開は……お察し下さい。
実はこれがドラクエ2小説処女作でした。