※DQ1本編クリア後のお話です。

「……花はお好きですか?」
 はじめてミヒャエルの方から質問をされて、ローラは驚いて目を見開いた。ミヒャエルはローラを穏やかに見つめて返事を待っている。ローラは思わず少し声を上ずらせなから答えた。
「ええ、とっても!」
 ローラがどきどきしながら微笑むと、ミヒャエルも微笑み返した。はじめて心が通じ合った気がして、ローラの頬は花のようにぽっと赤く染まった。

***

 ローラはミヒャエルの肩に後ろ向きに担がれ、前方へどんどん流れていく景色を退屈そうに眺めながら、今日何度目かの同じ質問をした。
「ミッヒ様、ローラはこれから二人で行く道を一緒に見て歩きとうございます。降ろして下さいますか?」
「いいえ。」
 ミヒャエルは容赦なく即答し、ずんずん歩き続けていく。
「そんなひどい。ミッヒ様、そんなに急いでどちらへ向かっていらっしゃるの?何度も尋ねておりますのに、どうして教えてくださらないんですの?」
 ミヒャエルは黙っている。「はい」か「いいえ」で答えられる質問でないと、ミヒャエルは基本的に何も喋ってくれないのだ。ローラはため息を吐いて言った。
「これからはお互い支えあって共に歩いて行くべきだと思いませんこと?これでは私、文字通りのお荷物ですわ。」
 ミヒャエルはやはり何も答えない。ローラはぶつくさ文句をぶつけながら暫くミヒャエルの肩に揺られていたが、ふと下を見ると、足元を流れていく小さな可愛らしい花の姿が目に留まり、歓声を上げた。
「まあご覧になってミッヒ様!綺麗なお花ですわ。ねぇ少し止まってくださらない?近くで見たいですわ。」
「いいえ。」
 ミヒャエルはローラの言葉を一蹴して歩き続けた。しかしローラはこのくらいでは引き下がらない。先程より少し強い口調でもう一度言う。
「そんなひどい。立ち止まってお花を見せてくださいませ。」
「いいえ。」
 ミヒャエルは少しも速度を緩めることなくずんずん歩き続けていく。花はあっという間に遠ざかって見えなくなった。それでもローラはめげずに語気を強めて言う。
「そんな、ひどい!止まってお花を見せてくださいますわね?」
「いいえ。」
 景色は速度を上げて霞むような速さで流れていく。流石のローラも堪え切れなくなって、悲鳴のような声を上げた。
「ひどいわ!どうして止まってくださらないの?お花を見せてもくださらないのに、何故戯れに花が好きかなんて私にお尋ねになったの。」
 ミヒャエルは答えず、黙々と歩き続けた。ローラの心に暗く冷たい感情が流れ込んでくる。あのとき心が通じ合ったと思ったことは、幻だったのだろうか。
 ラダトームの王座に付くことをあっさりと断り、新たな地を目指し旅に出るというミヒャエルに、ローラは同行を願い、粘って粘って強引に「はい」の返事を引き出した。そんなローラを、ミヒャエルは出発の日にちゃんと迎えに来てくれた。きっと想いが通じたのだと思ったけれど、それは酷い勘違いだったのかもしれない。
 ローラは地面を交互に蹴って進むミヒャエルの左右の足を睨みながら、震える声で呟いた。
「行き先も教えてくださらない。歩かせてもくださらない。ミッヒ様は私の気持ちなんてどうでもいいのね……。」
 ローラが独り言のように発した言葉に、ミヒャエルは答えた。
「いいえ。」
「……えっ?」
 ミヒャエルはいつも目的地に辿り着いたときそうするようにぴたりと立ち止まると、ローラをそっと地面に降ろした。驚いてローラが見上げると、ミヒャエルは穏やかにローラを見つめ返した。
 吹き抜ける風が、さわさわとローラの背後で軽やかな音を立てる。誘われるようにローラが振り返ると、そこには見渡す限りの花畑が広がっていた。ミヒャエルが竜王から無事取り戻した光の玉の力によって輝きを取り戻した太陽のもとで、大小色とりどり、四季折々の花々が、一斉に目覚めたように咲き乱れている。足元に視線を下ろせば、先程ミヒャエルの肩の上で見たあの小さな花も可憐に揺れている。
 ローラは言葉もなくただただ目の前に広がる信じられないような光景を見つめた。震えながらおずおずと花畑のほうに一歩踏み出し、振り返って確認するようにミヒャエルの顔を見上げる。ミヒャエルは相変わらず黙って穏やかな表情でローラを見つめ返している。ローラはそれを「はい」という返事だと解釈して、ぱっと花が開くように笑みを溢すと、花畑の中へ飛び込むように駆け出した。
 ローラは両腕を広げて、花の中を縦横無尽に駆けまわった。ローラが側を通ると、巻き起こった風で背の高い草花は揺れ、甘い香りを振り撒いた。地面を覆うように群生する花々も、負けじと爽やかな香りを立ち昇らせている。花びらを舞い上げてはしゃぐローラの少し後ろを、ミヒャエルがゆっくり歩いてついていく。ローラが振り返る度に、ミヒャエルと目が合う。ローラは嬉しくなって、更に花畑の奥へ奥へと進んでいった。ミヒャエルはどんどん進んでいくローラを見守るように、ゆっくりと後をついていく。花輪を編んだり、蝶を追いかけたり、身分も年甲斐も無くはしゃぐローラの笑い声と、遠くでさえずる鳥の歌声が辺りを包み、のどかに時が過ぎていく。
 ローラが屈んで花を摘んでいると、風が花を揺らすさわさわという音とは別の規則的な音に気がついた。音に誘われて歩いて行くと、花の香とは別の匂いが混じった風がローラの頬を撫でる。更に歩いて行くと、背丈の高い植物が減っていき、やがて足元を覆い尽くしていた花も段々まばらになり、地面は白い砂に変わった。その白い砂の先で、アレフガルドの大地の果てと、何処までも続く青い海が交わっている。ローラは波打ち際まで歩いて行くと、ざぶざぶと寄せては返す波を見つめながら呟いた。
「行き止まりですわ。」
 ローラに追いついて隣に並んだミヒャエルが、それを聞いて言う。
「はい。」
 ローラは驚いてミヒャエルを見つめた。ミヒャエルは潮風と傾きかけた陽の眩しさに目を細めながら、海の果てが空の果てとぶつかる場所をじっと眺めている。ローラは戸惑いながらミヒャエルに尋ねる。
「この先へはどうやって進みますの?」
 するとミヒャエルは言った。
「いいえ。」
 ローラは更に混乱し、ぽかんと口を開けてミヒャエルを見つめた。その表情を見兼ねて、流石のミヒャエルも付け足して言う。
「船が無ければ進めません。一度引き返します。」
 しかし、それを聞いたローラは腑に落ちるどころか更に混乱してしまった。何事も自分の計画通りに抜かり無く進めるミヒャエルが、海を渡るのに船を忘れるなどという初歩的なミスを犯すとは考え難い。行き止まりと分かっていながら、わざわざこの場所へ来た理由は何か。考えても考えても辿り着く答えはただ一つで、けれどもそれが自分の酷い勘違いであったらと思うと口に出せず、ローラはミヒャエルから目を逸らすように俯いた。
 沈黙が続き、渚を吹き抜ける風と、絶え間なく寄せては返す波の音だけが響いている。ローラはとうとう意を決して、ミヒャエルから目を逸らしたまま質問を投げかけた。
「私のために、ここへ連れて来てくださったのですか?」
 ローラの小さな体の中で、心臓がどきどきと大きく鼓動する。ローラは息を止めて返事を待った。
「花がお好きだと仰っていたので。」
 ミヒャエルの返事に、「はい」か「いいえ」を待っていたローラは、言葉の意味がすぐに飲み込めず一瞬考え込む。それが「はい」という意味だと気づいてはっと顔を上げると、ミヒャエルと目が合って、ローラの頬がぽっと薔薇色に染まった。
「ありがとう……私……嬉しいですわ……!」
 ローラが花のような笑顔をミヒャエルに向けると、ミヒャエルも微笑み返した。ローラがじっと見つめると、ミヒャエルも見つめ返す。ローラは、花畑の中で振り向く度にミヒャエルと目が合ったことを思い出した。それはミヒャエルが花ではなく、花を見て喜ぶローラの姿を見ていたからだと気づいて、ローラの心は幸せで一杯になった。
 ミヒャエルが再び水平線の方へ目をやった。ローラもつられて空を見ると、太陽はだいぶ西に傾いて来ている。
「そろそろ町へ戻らないと日が暮れてしまいますわね。」
 ミヒャエルは頷いて、いつものようにローラをひょいっと肩に担ぐと、ルーラの呪文を唱え始めた。しかし、途中で何かを思い出したように急にぱたっと詠唱をやめると、ミヒャエルはローラを再び地面に降ろしてしまった。戸惑うローラに、ミヒャエルはそっと片手を差し出す。ローラがミヒャエルを見つめると、ミヒャエルも微笑み返す。ローラにはもう、言葉がなくても分かった。ローラはにっこりと笑って、ミヒャエルの手をとった。

 誰もいなくなった海岸で、夕陽に照らされる白い砂の上に残された小さな足跡と、それに歩幅を合わせて歩く大きな足跡をそっとなぞるように、海風は優しく吹き抜けていった。

DQ1ってクリアすると毒の沼が全部花畑に変わるんですよね……どうしてもそれをネタに書きたくてまたクリア後の話です。
漫画にするか小説にするか悩んだ末小説にしたのですが、今まで書いた中でもかなり苦労しました。時間の経過を文章で表現するのは難しいですね。
普通は波の音より先に潮の匂いに気付くんじゃないかなぁとか、そういう細かい部分でもかなり悩みました。
そしてまさかここまで甘い内容になるとは……見つめ合いすぎてて恥ずかしい!(笑)
勇ロラの真骨頂「いいえ」「そんなひどい」が書けたのは楽しかったです。
ちなみに場所はメルキドの南です。一番でっかい花畑を見せたかったんですね……伊達男。

あとほんとに余談なのですが、花畑から浜辺へと続いていく景色の描写は私の大好きな石狩のはまなすの丘公園を思い浮かべながら書きました。あそこは渚というか砂嘴ですが。
とっても綺麗な場所なのでここまで読んで下さった方も機会がありましたら是非足を運んでみてください。ただし流石に四季の花々が共演とかはしてないです(笑)