本日の勝者

本日の勝者

※DQ1本編クリア後のお話です。

「どうやらここまでのようじゃな。」
 竜王はがっしりとした巨大な後ろ足でミヒャエルを地面に押さえつけ、からかうようにその首筋に舌を這わせながら言った。ミヒャエルの血で霞む目の端に、鋭く光を放つ竜王の牙が映る。その切っ先が喉に触れれば、たちまちミヒャエルの体は血を失い、命は絶えるだろう。そんな切迫した状況の中で、ミヒャエルの体の底から湧き上がってきたのは、恐怖でも絶望でもなく、笑いだった。ミヒャエルは声を上げて豪快に笑うと、こう言った。
「今日は私の完敗だな。」
 深い傷を体中に負いながら、ミヒャエルの瞳は爛々と赤く輝いている。その目に湛えられているのは、命を賭け戦うという行為に対する、至高の喜びだった。
「あの不意打ちには参った。炎を畳み掛けられて……回復の暇もなかった。」
 普段のミヒャエルは気難しい無口な男だが、今はまるで別人のように、興奮で痛みも忘れ竜王の健闘ぶりを熱く語り、讃えている。夢中で語るミヒャエルの言葉に暫く耳を傾けた後、竜王が満足気な様子でミヒャエルの体から足をどかすと、それを合図に四方から竜王の部下の魔物達が集まってきて、一斉に回復呪文を唱えた。たちまち一人と一頭の傷は癒え、部下達は一礼してまた下がった。
 ミヒャエルは地面から体を起こして兜を脱ぎ、額の血を拭いながら言う。
「だが竜王、それでもまだ12勝7敗1引き分け、私の勝ち越しには変わりないな。」
 ミヒャエルが顔を上げると、人の似姿へと変身し表情の読みやすくなった竜王の、ミヒャエルを見下ろす顔が不機嫌に変わる。竜王はミヒャエルに差し出しかけた手を引っ込めようとしたが、ミヒャエルは素早くその手を掴んで立ち上がった。竜王は必要以上に強く掴まれた手を擦りながらミヒャエルを睨みつけ、しかし何処か楽しそうに言う。
「ふん、ほんの僅かな差よ。直ぐに詰めてくれるわい。いつまでもうかうかしていられると思うな。」
 ミヒャエルも不敵に笑って答える。
「ああ、楽しみにしている。是非今日のような戦いをまた見せてくれ。」
 ミヒャエルはボロボロになった血染めの革手袋を外すと、再び竜王に右手を差し出した。竜王はふん、と鼻で笑いながらも人間の流儀に倣ってその手を握る。両者は睨み合いながら、他の者が見れば理解に苦しむような、奇妙だが確かな情の通った固い握手を交わし、にやりと笑い合う。
「ではまた次の満月に。」
 そう言ってミヒャエルは兜をかぶり直し、竜王に背を向けて歩き出す。
「毎月忍びの外遊などして、妃は機嫌を損ねないのかね、ローレシアの王よ?」
 ミヒャエルの背中に向かって竜王がからかうように尋ねる。
「……いいえ。」
 先程までの勢いが消え失せて面倒くさそうに答えるミヒャエルに、竜王は呆れた様子で肩をすくめた。ミヒャエルは振り返りもせず適当に手を振ると、かつてアレフガルドの地を縦横無尽に闊歩した力強いその脚で、あっという間に竜王の前から姿を消した。
 一人取り残された竜王はゆったりと玉座に腰を下ろすと、脚を組んで独り言を呟いた。
「さて……次の勝負まであとひと月。戦略を今から考えねば。」
 竜王はいたく満足気に、ふうっと長く、微かに炎の混じる息を吐いた。

絵に後からSSを付けるシリーズ。
前回が生い立ちの話だったのにいきなりクリア後の話ですみません……(笑)
絵だけ上げたときのキャプションは勝敗数が適当過ぎたので直しました。
自分の中で勇者と竜王の理想的な関係はトムとジェリーです。仲良くケンカしな。